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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)10407号 判決 1994年4月26日

原告

西川勝枝

被告

住友海上火災保険株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し、金二五〇万円及びこれに対する平成二年一一月一四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自家用自動車保険総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた被保険自動車が事故で破損したことにより、原告が、保険会社である被告に対し、第一次的に原告自身が保険契約者であると主張して車両保険金の支払を請求し、第二次的に債権者代位権(保険契約者が西川友保であるとしても、同人に対する原告の別債権の保全を目的として)により車両保険金の支払を請求したものである。

一  争いのない事実等

1  原告は、西川友保(昭和四六年四月二日生まれ。以下「友保」という。)の実母で、友保が成人するまで単独親権者であつた。

2  被告は、損害保険業を営む会社である(以上につき、争いがない。)。

3  友保は、平成二年一〇月二〇日ころ、スタンダードモータース株式会社から、普通乗用自動車(車名日産スカイライン。以下「スカイライン」という。)を代金二七四万六八五六円で購入した。右代金の支払方法については、二四万六八五六円を友保が従来所有していた車両の下取代金で支払い、残額二五〇万円を株式会社大信販(以下「大信販」という。)のオートクレジツトを利用して支払うという約束であつた。そして、右同日ころ、友保は、大信販とオートクレジツト契約を締結し、原告が右契約の連帯保証人となつた(甲二、原告本人)。

4  被告は、スカイラインを被保険自動車とする、以下のとおりの本件保険契約を締結した。

(一) 保険期間 平成二年一一月一〇日から平成三年一一月一〇日まで

(二) 車両保険 二五〇万円(免責金額、事故二回目まで三万円、事故三回目以降一〇万円)

(三) 対人賠償 無制限

(四) 自損事故 一四〇〇万円

(五) 搭乗者傷害 五〇〇万円

(六) 保険料支払 一二分割一〇回払い(甲三、四)

5  交通事故の発生

日時 平成二年一一月一三日午前三時三五分ころ

場所 大阪市中央区北久宝寺町四丁目 阪神高速道路

態様 友保がスカイラインを運転中、コンクリート側壁に衝突した(争いがない。)。

6  被告は、平成三年一月七日、本件保険契約の車両保険金一五一万五〇〇〇円を友保名義の口座に振込送金した(甲七、証人林田弘之)。

二  争点

1  本件保険契約における保険契約者、被保険者は、原告あるいは友保のいずれか(原告は、本件保険契約の内容選定、書類作成、保険料の支払をすべて原告が行つたもので、右契約書上の保険契約者の記載は、原告が自己を表示するものとして、スカイラインの保有者の名前に合わせて友保の名前を用いただけであり、本件保険契約の保険契約者、被保険者は原告であると主張する。これに対して、被告は、大量かつ定型的処理が要求される保険制度において、保険契約者、被保険者は、もつぱら保険証券上の記載に基づいて把握されるのであり、とくに、自動車保険では、年齢、事故歴等が危険測定上の重要な要素であるほか、保険料支払義務や告知義務、通知義務などの法律上、約款上の各義務の負担者、保険金や返還保険料等の権利帰属者等も、あくまで保険証券に記載された者を基礎として確定されるのであつて、「真実の契約者」などの隠れた当事者について保険者が対応することは不可能であると主張するとともに、本件保険契約は、旧保険契約が満期更新されたもので、旧保険契約の保険契約者は友保であつて原告ではなく、本件保険契約について原告が手続をしたとしても、友保の使者あるいは代理人として行つたものにすぎないと主張する。)。

2  被告の友保名義の口座に対する振込送金が被保険者への有効な弁済となるか(被告は、友保からのフアツクスによる保険金振込口座の変更指定に基づき、右口座に振込送金したもので、有効な弁済であると主張する。これに対して、原告は、保険契約者あるいは友保の法定代理人として、被告担当者に対し、保険金支払口座を指定したのに、被告は右口座に保険金を振込送金しなかつたものであり、しかも、友保が保険金振込口座の変更指定を行つたとの被告の主張を裏付けるに足りる証拠はなく、仮に、友保が右変更指定をしたとしても、その当時、友保は未成年者であつて、有効な法律行為ができない者であつたから、結局、有効な弁済はなかつたと主張する。なお、友保が未成年者であるから有効な法律行為ができないとの原告の主張について、被告は、当時、友保が自宅で「UFOサービス」の商号で自ら営業をしており、本件保険契約は右営業に不可欠な自動車に関するものであるから、友保は成年者と同一の能力を有していたと主張するとともに、未成年者に対する法定代理人の同意については、大体予見できる行為の範囲で概括的同意を与えることも妨げないので、原告は、少なくとも友保がマイカーの売買、あるいはこれに伴う保険契約を締結することについて、明示、黙示の同意を与えていたと主張する。)。

3  被告が支払うべき車両保険金額(原告は二五〇万円であると主張し、被告は、一五一万五〇〇〇円であると主張する。)

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一ないし八、乙一、二、三の1、2、四の1、2、五の1、2、六ないし一五、証人林田弘之、第一、二回原告本人)によれば、以下の事実が認められ、第一、二回原告本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は採用できない。

1  友保は、昭和六二年一二月ころ、高校を中退し、調理師見習、廃品回収業手伝、自動車部品会社の従業員をした後、平成二年九月ころから飲食店のアルバイトをしていた。友保は、平成二年一二月の終わりころまで原告と同居していたが、その後、原告宅に戻らなくなつた。

2  友保は、平成元年一一月ころ、軽四輪乗用車を購入し、そのころ、被告を保険会社とする自動車保険に加入した。その後、友保は、平成二年六月ころ、スポーツタイプの乗用車(車名スープラ。以下「スープラ」という。)を購入し、右自動車保険の被保険自動車を軽四輪乗用車からスープラに切り替えた。さらに、友保は、平成二年一〇月にスカイラインを購入し、自動車保険については、スープラを被保険自動車とする右自動車保険を満期更新することにより、本件保険契約が締結された。ところで、原告は、友保がスープラに買い替えることに反対したが、友保はこれを聞き入れず、また、スカイラインは友保が勝手に購入した。友保はスカイラインを大信販のオートクレジツトを利用して購入したことから、原告が右クレジツトの連帯保証人になり、本件保険契約の具体的な手続も原告が行つた。原告は、スカイラインが破損した場合、クレジツトの支払だけが残ることになるので、スカイラインが破損した場合に保険金の支払が受けられる車両保険にも併せて加入し、原告が保険料を支払つた。軽四輪乗用車についての自動車保険の加入手続と、その後に右保険をスープラに切り替える手続は、友保だけが行い、原告が右各手続に関与したことはなかつた。

3  被告は、平成二年一一月一四日午後五時一五分ころ、スカイラインの事故発生に関する通報を受けた。そこで、被告の担当者である林田弘之は、同月一六日に被告の事故サービスオフイスに連絡し、右連絡を受けて、右同日、被告のアジヤスターである谷口和洋がスカイラインを保管している株式会社斉藤自動車に出かけ、スカイラインの損傷状況等を調査した。その後、友保から被告に対して保険金の請求がなかつたことから、林田は、同年一二月一四日ころ、保険金請求に必要な書類を列挙し、保険金請求をするよう促す趣旨の書面を友保に対して送付した。その後、同年一二月二六日、友保から林田に対し、スカイラインを修理しないので、保険金を直接支払つて欲しいとの、保険金の支払を催促する旨の電話があつた。これに対して、林田は、保険金請求の必要書類が友保から提出されていないため支払えないので、書類を早く送付してくれるよう要求した。その際、林田は、友保が保険金の受け取りを急いでいたことから、友保の指定したスタンダードモータース株式会社でその翌日である同年一二月二七日に友保と会う約束をした。

4  林田は、保険金請求のために必要な書類の用紙を持参して、同年一二月二七日に約束の場所に赴いたところ、原告だけが来ており、友保は来ていなかつた。そこで、林田は、持参してきた「自動車保険金請求書兼支払指図書」等の書類に必要事項を原告に記入してもらい、友保名義の署名と押印をしてもらつた。その際、原告は、右保険金の振込先として、発光信用金庫八尾北支店の原告名義の普通預金口座を指定していた。そして、林田は、原告に対して、友保の運転免許証のコピーを被告の支払担当者である奥野宛にフアツクスで送るよう要請して、原告と別れた。このように、林田が運転免許証のコピーを要求したのは、無免許運転の場合、車両保険が支払われないためであつた。

5  その後、同年一二月二八日、友保から林田に対し、電話で保険金の支払を強く催促してきたので、林田は、友保に対し、早く運転免許証のコピーを送つてくれるよう要求した。しかし、右同日中には、右コピーは送付されてこなかつた。林田は、その翌日である同年一二月二九日と同月三〇日の両日は休暇を取つて休み、正月明けの平成三年一月五日に初出社してみると、平成二年一二月二九日(土曜日)午後四時九分に送信人「タカギシヨウジ」から被告宛に送信されたフアツクス(以下、これを「第一回フアツクス」という。)で友保の運転免許証のコピーが届けられていた。そして、第一回フアツクスには、住友銀行八尾支店の友保名義の普通預金口座へ保険金を振込送金するよう付記されていた。そこで、林田は、原告が先に指定していた口座と異なるため、原告方へ何度も電話をしたが、「この電話は使われていません。」との返答だけで、電話が通じなかつた。

6  さらに、平成三年一月四日(金曜日)午後七時二七分に送信人「タカギシヨウジ」から被告宛に送信されたフアツクス(以下、これを「第二回フアツクス」という。)が届いた。第二回フアツクスの内容は、第一回フアツクスで送信した口座番号が間違つていたので、大和銀行東大阪支店の友保名義の普通預金口座に変更するよう奥野に対して依頼するものであつた。そこで、林田は、原告方へ何度も電話をしたが、通じなかつた。このため、被告は、第二回フアツクス指定の口座に保険金を振り込むことにした。

7  被告は、車両保険金を振込送金してから間もなく、原告方に右振込送金の事実を通知し、そのころ、原告は右通知を受け取つた。右振込送金後、友保と原告から被告に対する連絡は一切なく、右振込送金から五カ月程度経過後に、原告の兄から被告に対して、右保険金支払に関する質問書が届いた。

8  スカイラインは、初度登録が平成元年五月で、本件事故時までの走行距離は二万キロメートル余りであり、整備状況は良く、時価額は二五〇万円程度の車両であるが、事故により、車体前部と後部左側が損傷し、フロント及びリヤサスペンシヨンにも損傷が及んでいる。スカイラインは、フロントバンパー、左右フロントフエンダー、フロントサスペンシヨンメンバー、右ナツクルスピンドル、パワーステアリングギヤ、左リヤフエンダー、リヤサスペンシヨンメンバー、リヤアクスルハウジング、右リヤドライブシヤフト、右リヤアルミホイール、左右フロントホイール、左右フロントタイヤ、右リヤタイヤの各交換と、車体の塗装等の修理が必要である。アジヤスターの谷口は、スカイラインの右損傷状況、修理内容とその必要性を検討のうえ、株式会社斉藤自動車との間で、同年一二月二七日ころ、修理費を一五四万五〇〇〇円(消費税を含む。)と協定した。

二  前記一で認定した本件保険契約の締結に至る経緯、本件保険契約の締結状況に、自動車保険(任意保険)の保険料は、運転者年齢条件、運転者家族限定特約の有無、事故歴等によつて影響を受けるものであり、自動車保険は、大量かつ定型的な処理を要求されるものであること(弁論の全趣旨)からすると、本件保険契約における保険契約者、被保険者は、自動車保険証券上に保険契約者として記載されている友保であつて、原告は友保の代理人あるいは使者として行動したと解すべきであるから、本件保険契約における保険契約者、被保険者が原告であるとの原告の主張は採用できない。

三  さらに、前記一で認定したところによれば、平成二年一二月二八日に友保から林田に対して、電話で保険金の支払を強く催促し、林田は、早く運転免許証のコピーを送つてくれるよう友保に要求したが、その翌日の同月二九日には林田の要求どおり、友保の運転免許証がコピーされた第一回フアツクスが被告宛に送信されてきたのであり、しかも、運転免許証は、通常その免許取得者自身が所持している可能性が高いものであると解されることをも併せ考慮すれば、第一回フアツクスは、友保によつて送信されたとみるべきである。さらに、第一回フアツクスが送信されてから六日後の平成三年一月四日には、第一回フアツクスと同じ送信人である「タカギシヨウジ」から、第一回フアツクス内容を受けて、これを変更する内容の第二回フアツクスが送信され、しかも、平成二年一二月二七日に林田が原告とスタンダードモータース株式会社で会つた際に、原告に対して、友保の運転免許証のコピーを被告の支払担当者である奥野宛にフアツクスで送るよう要請した事実があるが、第二回フアツクスは、原告あるいは友保でなければ知ることができない、奥野宛の記載を内容とするものであつたことから、第二回フアツクスも、友保によつて送信されたと解するのが相当である。

また、前記一で認定した本件保険契約締結前の各自動車の購入経過と自動車保険契約の締結、切り替え状況、本件保険契約の締結状況に、右各自動車の購入当時、友保は一八、一九歳の成人になる直前であつたうえ、職を転々としてはいたものの、社会人として就労していたことからすると、原告は、友保の親権者として、右各自動車購入とこれに伴う自動車保険契約の締結につき、包括的な同意を与えていたと解するのが相当である。

そうすると、友保は、被告に対し、本件保険契約の保険契約者、被保険者として、前記フアツクスにより保険金の支払先を有効に指定し、被告が前記認定の修理費一五四万五〇〇〇円(前記認定のスカイラインの時価、損傷状況、修理内容からすると、右金額が相当な修理代であると解され、本件事故による車両損害は、右修理代の限度にとどまると解されるから、本件保険契約に基づく車両保険金は、右修理費から免責額を控除した残額となる。)から免責額三万円を控除した一五一万五〇〇〇円を右指定の口座に振込送金したことにより、被告の友保に対する保険金支払債務は消滅したと解すべきである。この点は、被告が右振込送金をするまで、被告に対して保険金の支払を強く催促してきた友保が、右振込送金後は、被告に対して保険金の支払請求や確認のための連絡を一切していないことからも明らかである(なお、前記各フアツクスが送信されてきた後、被告の担当者は原告方に何度も確認の電話をしているが、結局電話が通じなかつた点について、原告は、その本人尋問で、いたずら電話があつたので電話番号を変更したと供述し、また、原告が平成三年一月に友保と電話で話した際、振込送金の点を友保に尋ねたことはないと供述しているが、右各供述はいずれも不自然であつて、採用できない。)。

このように、友保の被告に対する保険金請求権が消滅している以上、原告の債権者代位権に基づく請求は理由がない。

四  以上によれば、原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

(裁判官 安原清蔵)

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